民泊の品質 Column
清水さんの家
を民泊にしようと考えたとき、最初に浮かんだイメージは、畳の上に布団を敷いて、みんなでルームシェアする「雑魚寝」の風景でした。部屋は男女別になっているけど、個室ではない。もちろん鍵もかからない。
バックパッカーがひとり、またひとりとやってきて、泊まっていく感じ。
民泊、という言葉から、そんな宿泊施設を想像してしまいました。
都会では、家主が住んでいないマンションの一室にベッドが置いてあって、教えられた暗証番号で玄関の鍵を開け、部屋の中にあるものを勝手に使って、一晩過ごしたら部屋を片付けて帰っていく……というような民泊が多いそうですが、田舎の古い畳敷きの家の場合だと、やっぱり雑魚寝のイメージになってしまいます。
清水さんの家
は広いので、畳に布団を詰めて敷けば、20人近くも泊まれそうです。
そんなに泊まったら、風呂は順番待ちだし、食堂には人が溢れて……たいへんなことになりそうだ、と思ったものですが、考えてみれば、満員になるほどお客さんが来ることは、まず、ないでしょう。それなら、数少ない泊り客が、ゆったりと過ごせるほうがいい。
そう思って、東京から田舎にやってくる宿泊客が何を望むか、東京在住の若い友人夫妻に聞いてみたら、「ベッドじゃなきゃ、腰が痛くなる」と言われて、「畳敷きの和室にベッドを置く」ことが決まりました。当然「雑魚寝」は却下です。
畳に布団敷きなら、布団をたたんで押入れにしまえば普通の部屋になるので、イベントなどで人が集まるときは便利でしょう。
でも、ベッドは置きっ放しなので、昼間でも寝室以外の何ものでもありません。
私はエアーベッド(使うときだけ空気を入れて膨らませるベッド。使わないときは袋に入れてしまうことができる)にしたらどうか、と提案しましたが、若い友人夫妻が実際に2台のエアーベッドを買って寝てみたところ、空気の入ったマットレスがふにゃふにゃ動くので、安眠できない、という報告。この案もボツになり、でも、必要なときにはスペースが確保できるように、との配慮から、イケアのカタログでスタッキングベッド(2台を縦に重ねることができる)を見つけて買うことにしました。
横幅が80センチと、ちょっと狭いのですが、デカイ人間の多い北欧でも売っているなら平気だろう、と思い、気にしないことにしました。
こうして、1階の10畳の和室にはベッド2台、2階の15畳の広間にはベッド4台、という基本のレイアウトが決まりました。
4室で、定員は12名。ベッドのまわりに布団を敷けばもっとたくさんの人数が寝られますが、それは非常の場合として……。
清水さんの家
には、1階と2階にそれぞれ6畳ほどの洋室があるのですが、そこは住み込み管理人の住居スペースとしました。
このほかに、広い玄関ホールと食堂・台所、それに20畳のサロン(共用スペース)があるので、ちょっとしたイベントには十分の広さだと思います。
あと、気になるのは部屋の境です。1階の和室も、2階の広間も、ふたつ並んだ部屋のあいだには壁がありません。
1階は襖で、2階はガラス戸で仕切られているだけ。閉まっている引き戸を開けようと思えば、どちらからでも開けられます。
見知らぬ客どうしが隣り合わせの部屋に泊まる場合は、不安を感じることもあるのではないでしょうか。
声や物音が筒抜けになるだけでなく、もし隣室から夜中に人が入ってきたら……。
民泊のお客様の中に、悪意をもって他人の部屋に押し入るような人はいないと思いますが、酔っぱらって、あるいは寝ぼけて、思わず廊下と反対側の襖を開けようとしてしまうのは、あり得ないことではないでしょう。
なんとか、襖や引き戸に鍵をかける方法はないだろうか。
私はそう思って、インターネットで調べてみました。「襖・鍵」、「引き戸・ロック」……あれこれ検索すると、たしかにいろいろなグッズがあるのですが、あまりゴツイものはまずいでしょう。
隣室の泊り客に「おやすみなさい」と挨拶した直後に「ガチャッ」とデカイ音を立てて鍵を閉める……のでは、たがいに気まずくなってしまうでしょう。
もっと、さりげなく、気づかれないように、襖を開かなくする方法はないだろうか。
最初は、赤ちゃんが棚の戸を勝手に開けないように、ベルトで閉めるタイプのチャイルドロックが使えるかな、と思ったりしましたが、考えてみると、真ん中の2枚の襖(戸)に鍵をかけて左右に開かないようにするだけではダメなのです。
幅2間(360センチ)の敷居に4枚の襖(戸)が入っている場合、真ん中の2枚の襖(戸)だけを鍵で固定して開かない(離れない)ようにしても、2枚くっついたまま左か右に目一杯引けば、片側に半間(90センチ)の開口部ができてしまいます。
さらに残っている1枚を同じ側に引けば、なんのことはない、ふつうなら真ん中にできる1間(180センチ)の開口部が、左右どちらかに移動するだけ。
両側の襖(戸)を動かないようにそれぞれ柱に固定しておかなければ、真ん中の2枚だけをロックしても意味がないのです。あたりまえの、子供でも気づくことですが、最初は勘違いしていました。
結局、見つけたのは「ワンタッチ・シマリ」という簡単な道具でした。
網戸ストッパーなどにも同様の製品がありますが、襖(戸)の最上部(最下部でもよいが、要するに取り付ける下地が木部のところ。したがって板戸の場合はどこでもよい)に、両面テープで貼り付けるステンレス製の小さな器具。端の「押」と書いてあるところを押すと反対側が跳ね上がり、襖(戸)を引いてもそれが引っかかって開かなくなるのです。
閉めた状態では厚さが3ミリもないので、ふつうに襖や戸を開閉するときには邪魔になりません。これだと、2枚あれば4枚の襖(戸)を閉めることができる。しかも、押すときも小さな音しかしないので、隣室の人に気づかれずに閉めることができます。
1階の和室と、2階の広間Aは、すべての襖(戸)に「ワンタッチ・シマリ」を取り付けました。
2階の広間Bは、隣室との境の戸には取り付けましたが、この部屋の一部は広間Aからの通路になるので、一方からは自由に出入りできます。
夏になったら、網戸にも同様のストッパーを取り付けて、ガラス戸を開けたまま(涼しい夜風に当たりながら)寝られるようにしたいと思っています。
営業を開始する前に、何人かの知り合いや関係者に泊まってもらい、感想を聞きました。
いろいろ具体的なアドバイスがあり、役に立ちましたが、その中に「夜、寝ながらスマホを充電したい」という意見がありました。
たしかに、この気持ちはよくわかります。私も四六時中スマホを手放せないスマホ中毒者のひとりで、メールはもちろんスケジュール管理から万歩計まで何でもスマホのお世話になっているので、充電の状態がいつも気になります。
寝るときに充電したまま朝まで放置すると過充電になってバッテリーが消耗する……といわれても、やはり枕もとに電源があると安心するのです。
さいわい、
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には部屋のあちこちにコンセントがあり(古い家にしてはコンセントが多い)、中継のコードを伸ばせば各部屋の枕もとまで届きます。いずれはきちんと配線を伸ばしてコンセントを固定したいと思っていますが、とりあえずは小さなベッドサイドテーブルを枕もとに置き(その上には人感センサーつきのベッドサイドランプを置きました)、その近くにコンセントのついた延長コードがある、というかたちでスタートしました。
「寝ながらスマホを充電したい」という人は、そのためのUSBケーブルなどをもって旅行しているはずですが、うっかり忘れることもあるでしょう。
そのときのために、各種の携帯に対応できるような接続機器を用意して、貸し出しが(もちろん無料)できるようにしてあります。
なお、清水さんの家ではWi-Fiが(これも無料で)利用できます。
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には、まだ外国人の宿泊客はあらわれていませんが、知り合いのアメリカ人を案内したところ、部屋は広いしきれいだし、日本らしい情緒があって素敵だ、とほめてくれましたが、そのあとで、これでセイフがあったら完璧だね、と言われました。
セイフというのは、ホテルによくある、小型金庫のことですね(英語の<safe=安全な>という形容詞は、名詞として使われると「金庫」という意味になります)。デスクやクローゼットの中にある、暗証番号で開閉できるようになっている小さな金庫です。
「外国人は、パスポートをしまっておく場所がほしいからね」とそのアメリカ人は言うのです。
そういえば、私は若い頃ヨーロッパや北アフリカを貧乏旅行していましたが、いつもパスポートと現金を入れた袋を首からかけ、ユースホステルや相部屋の安い商人宿などに泊まるときは、その上からシャツを着て(文字通り「肌身離さず」)寝ていました。
外国人でなくても、宿に泊まるときは、貴重品を安全に保管できる場所が必要です。
その場合、日本の旅館のように、お客さんから預かった貴重品を紙袋に入れて帳場で保管する……というシステムも、管理人にかかる責任が重くなるので、ここはやはりホテル式のセイフのほうがいいでしょう。
といっても、実は、
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の部屋には、クローゼットがありません。
1階の和室は、部屋の二方または三方が開口部(襖や戸)で、一方が床の間(と押入れ)になっているため、クローゼットを置く場所がないのです。そのため、ホテルのように金庫を各部屋に置こうとすると、床の間に直接固定するか、押し入れの布団の下に取り付けるか、いずれにしても相当無理をする必要がありそうです。
2階の広間の場合は、押入れも床の間もないので、わざわざセイフを置くための台をつくって、それを柱のどこかに固定しなければならない。部屋の一角に、小型金庫がもろに見えるように置いてあるのもヘンなものです。
「いや、別に、セイフは各部屋に置いてなければいけない、というわけじゃないんだよ」と、そのアメリカ人は言いました。
「どこかフロントの近くにでも、各部屋のセイフがまとめて設置してあれば、客はそこへ行って開閉すればいい。暗証番号で開閉するのだから、どこにあっても同じことさ。アメリカには、そういうホテルがいっぱいあるよ」
なるほど、銀行の貸金庫のようなイメージですかね。4部屋なら、4つのセイフが一か所にまとまってあればよい。
ホテルセイフ(ホテル仕様のセイフ)はネットで買えますが、少し高いものなので、まだ買っていません。が、設置する場所は、もう決めてあります。もちろん4つともガッチリ動かないように固定する方法も考えてあるので、来春までには設置したいと思います。
この夏、あれほど暑い日でも、東京から来た友人は、2階でも窓を開けて寝ようとしないので、驚きました。
2階でも3階でも、マンションではベランダ伝いに上ってくる泥棒がいるから、窓を開けて寝るのは危険だ、というのです。
その習慣が、身についている。
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は、ガラス戸を開けたままで寝ると、風が通って素晴らしく気持ちがいいものです。
田舎では、1階でも昔は窓を開け放したまま寝るのがふつうだったと思います。が、最近は、物騒なニュースもあり、少しは警戒するようになりました。
田舎どころか、私が生まれ育った東京の杉並区でも、子供のころは、母親といっしょに外出するときも、玄関の鍵をかけず(内側から閉めることはできても、外から閉める鍵はなかったのかもしれない……)、お隣さんに「今日は夕方まで外出しているので、見ていてくださいね」と頼んで出かけたものです。
いま思うと、平和な時代だったんですね。
いまでは田舎でも、また都会から来る人はとくに、安全には気をつけるようになりました。
だから「民泊の品質」としては、安心感のための鍵や戸締りは重要なものだと思います。
でも、その一方で、「襖一枚で隣り合わせ」というのは、民泊ならではの良さでもあります。
実際、たまたまのご縁で
清水さんの家
に泊まった知らない人どうしが、台所や食堂や共用のスペースで時間をともにすることでたがいに触れ合い、ワインを飲みながら話をするうちに意気投合した ! というようなケースが、営業を開始してわずか2か月のあいだにも、たくさん生まれています。これも、宿泊客がたがいに触れ合う機会の少ないホテルや旅館と違って、誰もが自然に交流することのできる民泊の良さだと思います。
都会のホテルにも負けない安全性を確保しながら、
清水さんの家
を、田舎ならではのなごやかな民泊にしたい ! というのが私たちの希望です。(玉村豊男・記)